大阪地方裁判所 平成4年(ワ)6289号 判決 1994年1月14日
原告
大林タケコ
ほか五名
被告
國際タクシー株式会社
ほか一名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは、各自
一 原告大林タケコに対し金一一〇六万七四五〇円及びこれに対する平成四年五月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合の金員を支払え。
二 原告山西ツネ子、同大林隆行、同宇山繁子、同西本豊子、同大林秀明に対し、それぞれ金一〇九万三四九〇円及びこれに対する平成四年五月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合の金員を支払え。
第二事案の概要
信号機によつて規制されている横断歩道を歩行横断中、加害車両に衝突されて死亡した被害者の遺族が、加害車両の運転者に、民法七〇九条に基づいて、雇用者かつ運行供用者に、七一五条及び自賠法三条に基づいて、損害賠償を請求した事案である。
一 当事者に争いがない事実
1 亡大林高吉(事故当時八四歳)は、平成四年五月一三日午前四時五五分ころ、大阪市阿倍野区王子町四丁目三番二三号先の信号によつて規制されたT字型交差点の横断歩道上を西から東へ歩行横断していたところ、北から南へ進行する被告宋運転の普通乗用自動車(なにわ五五い七二七二)(被告車両)が衝突し、亡高吉に対し、骨盤骨折、頭部腹部打撲を負わせ、外傷性シヨツクによつて死亡させた(本件事故)。
2 被告会社は、被告車両の保有者で、被告宋の使用者であり、本件事故は、被告宋が、被告会社の業務のため運転中に発生したものである。
3 原告タケコは、亡高吉の妻、その余の原告らは、亡高吉の子であつて、原告タケコの相続分は二分の一、その余の原告らの相続分はそれぞれ一〇分の一である。
4 原告らは、自賠責保険から、合計一五〇六万五一〇〇円を取得している。
二 争点
1 慰籍料等の損害の額
(一) 原告らの主張
亡高吉は、高齢ではあるものの、大工仕事に従事して、それによる収入を得ていたものであつて、一家の支柱であつたから、本人分の慰籍料は二四〇〇万円であつて、それについては、前記の法定相続分に基づいて相続したものであつて、原告タケコは、他に固有の慰籍料五〇〇万円を取得したものであつて、前記の保険金については、法定相続分の割合で充当したもの(原告タケコ七五三万二五五〇円、その余の原告ら各一五〇万六五一〇円)であるから、原告らの損害は、原告タケコが弁護士費用一六〇万円を加えて一一〇六万七四五〇円、その余の原告らが弁護士費用各二〇万円を加えて一〇九万三四九〇円となる。
(二) 被告らの主張
亡高吉は事故当時高齢であつて、同人の子らは、本件事故当時既に独立していたものであつて、老人性痴呆症にもかかつていたことが窺われ、事故当日もスリツパ履きで外出していたものであるから、原告らの主張する慰籍料は高額に過ぎる。
2 過失相殺ないし免責
(一) 被告らの主張
被告宋は、法定速度時速六〇キロメートルを下回る時速五二キロメートルないし五四キロメートルの速度で進行し、本件交差点に青信号で進入したものであつて、交差点付近の分離帯の植え込みの状況からすると、被告宋には、前方や側方の不注視によつて、被害者の発見が遅れた過失もないから、被告宋には、本件事故について過失はない。
また、仮に、被告宋に過失があるとしても、亡高吉の、幹線道路を信号を無視して横断した重大な過失に比べると、まつたく僅少なものであるから、相応の過失相殺をすると、原告らには、既払い金を越える損害はない。
(二) 原告らの主張
本件事故の際、亡高吉が青信号に従つて横断歩道を歩行横断し、被告宋が赤信号であるのに、漫然と走行していた可能性もある他、被告宋は、横断歩道前であるのに徐行しておらず、前方に亡高吉を認めておきながら制動をかけることなく、漫然と衝突したものであつて、適切なブレーキ操作があれば十分衝突前に停止することができたものであつて、タコメーターの表示は時速六五キロメートルを表示していたものであるから、被告宋には、重大な過失がある。
第三争点に対する判断
一 損害(慰籍料)
前記認定の事実に原告隆行本人尋問の結果を考え合わせると、亡高吉は、本件事故当時八四歳であるが、子らが皆独立したので、妻原告タケコと同居し、本件事故の八年程前までは、原告隆行と一緒に大工業に従事していたものの、電気工具の使用や屋根に上がること等が危険な状態となつたので止め、その後は、それまでの半分程度の日当で近所の人からの依頼があれば大工に従事し、小遣い銭程度を稼ぎ、年金と併せて、妻と本人の生活費に当てていたことが認められる。
これらの事実からすると、高く見積もつても亡高吉の慰籍料としては、一五〇〇万円、原告タケコの固有の慰籍料としては、同様に三〇〇万円をもつて相当と認める。
二 免責ないし過失相殺
1 前記争いのない事実に、甲一〇、一一、被告宋及び原告隆行各本人尋問の結果を総合すると、以下の事実を認めることができる。
本件事故があつた交差点は、南北に伸びる直線路の東側に交差道路がある信号機によつて規制されたT字型交差点であつて、歩車道の区別があり、南北道路は幅一六・五メートルの片側二車線の道路であつて、中央分離帯に植え込みがあつたため、南北道路からは、前方の見通しはよいが、左右の見通しは悪く、南行きの追越車線から、西からの横断者をはつきり見通すには、<2>付近まで走行しないと難しい状況であつた。本件事故現場付近は、市街地であつて、道路はアスフアルトで舗装されており、路面は平坦であつて、乾燥しており、法定速度六〇キロメートルを下回る速度規制はなかつた。なお、本件事故現場付近の状況は、別紙図面のとおりである。
被告宋は、被告車両を運転して、南北道路の追越車線を時速約五〇キロメートルから約七〇キロメートルで走行していたところ、別紙図面<1>付近で対面の信号<甲>の青色を確認して進行したところ、<2>付近で、<ア>付近に走つてくる人影があるのを発見し、ブレーキをかけたが及ばず、<イ>付近で、亡高吉を跳ね、被告車両のボンネツトにすくい上げ、そのまま、<4>付近まで進行し、<ウ>付近に、亡高吉を落下させ転倒させた。
個人タクシーの運転手は、本件事故の際の信号を目撃しており、被告宋側が青、亡高吉側が赤である旨、警察で供述した。
2 これらの事実からすると、被告宋が本件交差点に進入した際の信号は青であつて、亡高吉が横断歩道に進入した際の信号は赤であると認めるのが相当である。
3 また、被告車両の速度については、原告隆行は、その本人尋問において、事故直後、被告宋が原告らに、タコメーターによると、時速は約六五キロメートルであつた旨述べ、逆に、被告宋は、その本人尋問において、タコメーターによると、時速は約五二キロメートルないし五四キロメートルであつて、原告らに速度のことを話したことはない旨述べている。それに、実況見分調書である甲一一によると、被告宋がブレーキをかけたとする<2>地点と、停止した<4>地点との距離は、三八・三メートル、本件事故の際ついたブレーキ痕は、左前輪分が二二・四メートル、右前輪分が二三・四メートルであつて、このことに、当裁判所に顕著な、乾燥したアスフアルトの平均的な摩擦係数は〇・七であつて、制動距離は、速度の二乗を二五九と摩擦係数を乗じたものでわつたものであること、平均的な空走時間は〇・八秒前後であることを総合して推測すると、時速は約六五キロメートルから約七〇キロメートルの間となるが、これは平均的なものであるからある程度の誤差はありうることが認められる。これらを総合すると、タコメーターも残つていないものであつて、原告隆行及び被告宋のいずれが信用できるかの判断は困難であつて、時速は前記認定の程度しか特定できないと考えるべきである。
4 そこで、被告宋の責任であるが、仮に、<2>付近以前で亡高吉を見通せたとして、時速が前記認定のうち、最大の約七〇キロメートルであつて、前方不注意ないし速度違反等の過失があつたとしても、亡高吉側に、赤信号を見過ごしたないし、無視して横断した過失があつたものであるから、相応の過失相殺がなされるべきであり、現場が幹線道路で、事故があつたのが未明であつたこと、逆に、亡高吉が老人であつたことを総合考慮すると、いくら少なく見積もつても六割の過失相殺がなされるべきである。そして、過失相殺後の損害額は、前記の損害額及び相続の割合からすると、多く見積もつても、原告タケコが四二〇万円、その余の原告らが、六〇万円となり、弁論の全趣旨によつて認められる前記の原告主張の方法の自賠責保険金の分配方法によると、原告らにいずれも、既払いを越える損害はないこととなる。
三 結論
よつて、原告らの請求は、いずれも理由がない。
(裁判官 水野有子)